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夜中の二時頃に「また熊本で大きな地震があった」と夫に起こされ、驚いて目を覚ました私。両親と義母とは電話で、弟家族とはラインで連絡をとり、全員の無事を知り安心しました。

後に『本震』と呼ばれることになった地震は、とても大きく、とても長い揺れで、誰もが「たいぎゃ怖かったけん」と何度も繰り返します。東京で震度5までしか経験していない私には想像もつかない恐怖だったことでしょう。

幸いなことに三家(実家・夫の実家・弟一家)とも家が倒壊せず、水道が止ったものの停電はなく、また避難所は満員のため、両親と義母は車で、弟家族は自宅で寝るとのことでした。

この日は次々とニュースでショッキングな映像が飛び込んできました。特に震源地の益城町の様子には言葉を失うほどで、亡くなった方のご冥福をお祈りするしかありません。また避難所にも多くの方がいらっしゃるようで、その不便な暮らしを思うと心が痛みました。

そして、熊本城、阿蘇大橋、阿蘇神社。熊本のシンボルが大きく傷つき、その姿に涙が止りません。熊本の誇りでもある熊本城を再建するには、いったいどれくらいの時間と費用がかかるのでしょうか。

私にできることがあれば、何でも協力したいと強く思いました。

(4月16日の出来事を6月17日に執筆)